高崎市タワー美術館
日本美術×グラフィックデザイン
雨と鯉と富士山と佐藤晃一のポスターと日本美術
久しぶりに、JR高崎駅近くの、
高崎市タワー美術館を訪れ、開催中の企画展「日本美術×グラフィックデザイン 雨と鯉と富士山と 佐藤晃一のポスターと日本美術」を鑑賞してきました。
開催概要
日本美術の特徴は岩絵具によるやわらかな色調、墨の濃淡で描かれた静謐な空間、きらびやかな装飾などにあります。
本展覧会では、日本的感覚と未来的イメージを融合させた作品が「グラフィックデザインにおける日本精神性」として高く評価され、常にデザインの第一線で活躍し続けてきた佐藤晃一(1944~2016)のポスター作品を、書、浮世絵、日本画作品とともに展示し、日本美術とグラフィックデザインの関係性を探ります。
違いや共通点を探し、自由な感性で作品をお楽しみください。
*展覧会パンフレットより一部抜粋。
<会期> 2024年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
<開館時間> 10:00~18:00(金曜日のみ20:00) *入館は閉館30分前まで。
<休館日> 月曜日(祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)
<観覧料> 一般500(400)円、大高生300(250)円
*( )内は20名以上の団体割引またはインターネット割引券ご提示料金。
*65歳以上、中学生以下は無料。
*その他の割引については、高崎市公式ホームページをご確認ください。
<会場> 高崎市タワー美術館
〒370-0841 群馬県高崎市栄町3-23 ☎027-330-3773
🌸グラフィックデザイナー 佐藤晃一とは?🌸
1944年 群馬県高崎市出身
1967年 東京藝術大学美術学部工芸科ビジュアルデザイン専攻卒業後、資生堂宣伝部入社。
1971年 独立、フリーランスで活動を開始。
1982~1987年 東京藝術大学非常勤講師
1995~2015年 多摩美術大学教授
2015年 多摩美術大学名誉教授
2016年 死去
*NPO「法人建築思考」ホームページより
佐藤晃一は日本的な感覚と未来的なイメージを融合させた独自の表現で注目されてきました。
なかでも印刷技術を最大限に引き出した色彩とグラデーションを駆使したポスター作品には、人種や世代を超えた精神性と緊迫した空気がみなぎっています。
*展覧会パンフレットより。
企画展について
今回の企画展では、よくある時代順の展示ではなく、タイトルにもあるように、鯉、 富士山 などのテーマごとに、日本画や浮世絵とグラフィックデザインの作品を並べて展示しているところが特徴的でした。
なかでも、片岡球子の、富士山を描いた作品に魅力を感じました。
以前にいずれかの美術館で、妙義山を描いた作品を目にしたことがあったのですが、その時はそれほど魅力を感じることはありませんでした。
展示の工夫次第で作品から受ける印象がまったく変わってくるものだと思いました。
展示の最後には、映像資料を鑑賞できるコーナーがあり、生前の片岡球子の創作風景やインタビューなどを見ることができ、作家をより身近な存在に感じられました。
雨がテーマの作品
・佐藤晃一「展覧会出品ポスター」1990年再版 高崎市美術館
・歌川国芳「木曽街道六十九次之内塩名田 鳥井又助」ほか 高崎市タワー美術館
佐藤晃一のポスターは、画面最上部の濃紺から最下部の明るい水色までの美しいグラデーションの上に、少し斜めに降る雨が線で描写されています。
ヨーロッパで開催された、日本紹介のイベントのポスターです。
日本といえば 雨 ということでしょうか。
鯉がテーマの作品
・佐藤晃一「箱に鯉」コンサートポスター 1990年(1974年の再版) 高崎市美術館
・川端龍子「五月鯉」1955年頃 寄託作品
展覧会を訪れる前に、公式ホームページに掲載されている、おもな展示作品の写真を見て、川端龍子の、写実的で透明感のある作品の方に魅力を感じたのですが、実物を展示室で見て、だいぶ印象が変わり、佐藤作品の方に興味をもちました。
川端龍子の「五月鯉」には、鯉と花菖蒲が描かれています。
鯉は、「中国の黄河上流にある龍門をくぐった鯉だけが昇天して龍になる」という故事から、立身出世を表わしています。
菖蒲は、尚武(武芸を尊ぶこと)と音が同じため、どちらも、端午の節句の代表的なモチーフとして、子の健やかな成長を願って多く描かれました。
佐藤晃一の「箱に鯉」は、箱の中に鯉が入っているという、現実にはありえない状態が描かれています。
現実では、鯉が死んでしまいますね?
ここでは、鯉自体にメッセージ性はなく、箱と鯉という、異質な要素どうしを組み合わせることにより、新しいタイプのコンサートのためのポスターを表現しています。
最初は、白い背景に黒い箱を描いたのですが、「窮屈に見えたので、印象をやわらげるため、グラデーションをつけた」という説明が書かれていました。
箱の中の、鯉が埋まっている部分は、ターコイズブルーで描かれています。
美術館を訪れた日は、台風接近中の蒸し暑い日でしたが、そのような天候の中で清涼感を感じることのできる2作品でした。
富士山がテーマの作品
展示されていたのとは別の片岡球子が富士山を描いた作品です。
・片岡球子「初春富士」1985年 寄託作品
(展示されていたのは片岡球子の「初冠雪の富士の山」)
・佐藤晃一「展覧会出品ポスター」五季(新年)
1988年 高崎市美術館
・佐藤晃一「展覧会出品ポスター」五季(春)
1988年 高崎市美術館
・佐藤晃一「展覧会出品ポスター」五季(夏)
1988年 高崎市美術館
・佐藤晃一「展覧会出品ポスター」五季(秋)
1988年 高崎市美術館
・佐藤晃一「展覧会出品ポスター」五季(冬)
1988年 高崎市美術館
このコーナーのみならず、企画展全体で最も強く印象に残った作品は、
片岡球子の「初冠雪の富士の山」です。
富士山の絵というと、横山大観の作品に代表されるような、神聖な富士山の絵がまず浮かびますが、片岡球子の富士山の絵はそれとはまったく違っていて、おそらく多くの人が、「見たことのない富士山だ」と感じるであろうと思われます。
古来から恐れられ、崇められてきた富士山ではなく、大胆にデフォルメされた姿に描かれています。最初にこの作品を目にしたときの印象では、プリンの形に見えてしまい、かわいらしく、親しみを感じました。
裾野の木々も、単純化され、デザイン化されています。木の1本1本はアイスキャンディーのような形をしており、葉が×(バツ)で表現されているものもあります。
木が、画面手前から奥の富士山へ向かって行進しているように表現されていたり、輪郭線が金泥で描かれていて、キラキラと、なんとも楽しい世界観をもった作品に見えました。
片岡球子の富士山の絵は、まるで子どもが描く絵のように感じられたのですが、まねをしようと思ってもできるものではなく、対象を捉えるたしかな観察眼と表現できる技術とをもっている画家だからこそ、表現しえたものだと感じました。
*掲載した写真は、無料使用可能のパブリックドメインのものです。
「初冠雪の富士の山」はパブリックドメインになかったので、
片岡球子の別の作品である「初春富士」を作品のイメージとして掲載しました。
ビデオコーナー
他の画家の映像が放映されていたのですが座って待っていると、片岡球子の映像資料の再生がはじまり、なんと生前の片岡球子の姿を見て、声を聴くことができました。
富士山の作品に取り組んでいた頃の映像資料だったようで、辻堂の球子の自宅から画材道具を持って海岸へ通う姿、アトリエでの制作風景、インタビューなどを見ることができました。
日本画家は、普通、大きな作品を描くときには木の板の上に座って描くことが多いようですが、片岡球子は、座布団の上に座って描いていたところに驚きました。
当然のことですが、近現代の芸術家は、生きている姿を見ることができるのだなあと改めて実感しました。
たとえば、ラファエロやルブラン夫人が描いている姿は、想像するしかありません。
ビデオコーナーの隣にミュージアムショップのコーナーがあります。
他の部分と仕切られていません。残念ながら、今回展示されていた、「初冠雪の富士の山」の絵はがき等関連グッズはなくて、片岡作品は、「雪降りそめし富士」(1973年)のみ絵はがきがありました。
展示作品とはだいぶ印象が異なりますが、こちらも、群馬県立近代美術館で購入した額に入れて飾って毎日眺めていると、愛着が沸いてきます。
美術展を見たあとあるあるかもしれませんが、見るたびに、少しずつ違って見えたり、今まで気がつかなかった細かい部分に目がいくようになったりするのです。
また、はがき用のアルバムに入れれば、ちょっとしたミニ画集風にできます。
「雪降りそめし富士」は、胡粉(注1)を作品全体の上にふるいかけ、降りはじめた雪を表現したようです。
この作品では、裾野の木々は、「初冠雪の富士の山」ほどはデフォルメされていませんが、赤や緑などの鮮やかな色づかいで描かれています。
絵はがきなのでわかりにくいですが、木々の輪郭が明るく縁取りされているように見えるので、この作品も、「初冠雪の富士の山」と同様、金泥で輪郭線が描かれているようです。
片岡球子の描く富士山の特徴は、野太い線と激しい原色だそうですが、この作品では、全体が降る雪=胡粉で覆われているため、他の作品と比べて、優しい富士山という印象を受けます。
以前に、シスレーの「霧(ボワザン)」という作品を見たとき、全体が霧に覆われて優しい空気感を感じたときと感覚が似ているなと思いました。
カキやホタテ、ハマグリなどの貝殻を、長い間、風にさらし、汚れを落として細かく砕いて作った顔料。(小学館の図鑑NEOアート『図解 はじめての絵画』より)
🗻片岡球子とは🗻
1905(明治38)年に生まれ、2008(平成20)年に死去。
鮮やかな色彩と力強く独創的な作風で知られ、現代日本画壇に大きな足跡を残した画家です。とくに富士山を多く描き、野太い線と激しい原色が見る人に強烈な印象を与えます。
作風の個性が強いため、初期には落選を重ねました。
しかし、努力して次第に頭角を現し、47歳で日本美術院同人となりました。
「日本美術×グラフィックデザイン 雨と鯉と富士山と佐藤晃一のポスターと日本美術」展を鑑賞して
今回、久しぶりに高崎市タワー美術館を訪問しました。
この美術館は、日本画に特化した美術館であり、JR高崎駅東口とデッキでつなげられているため、東京や埼玉方面、長野などの県外からもアクセスしやすいことが特徴です。
また、日本画に特化した美術館であることから、比較的来館者の年齢層が高めで、落ち着いた雰囲気でゆっくりと鑑賞することができます。
展示室の雰囲気のためか展示方法の違いなのかはわかりませんが、他の美術館と同じ作品または同じテーマの作品が展示されていても、強い印象を受けることが多いようです。
カフェやレストランはありませんが、ミュージアムショップコーナーがあり、展覧会やコレクション作品の関連グッズや、和雑貨などを扱っています。
今までの企画展では、日本画のみや浮世絵のみが展示されていることが多かったのですが、今回は、新旧の作品を各テーマごとに並べて比較展示してあるところが興味深いと感じました。
また、今まで気が付かなかった、片岡球子の富士山の作品の魅力にふれることができ、目が覚めた思いです。
機会があれば、片岡球子の富士山の全作品を見に行きたいです。
参考文献
『もっと知りたい 片岡球子 生涯と作品』土岐美由紀・中村麗子 2015年 東京美術
『小学館の図鑑 NEOアート 図解 はじめての絵画』2023年
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